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9年前に「まちの病院がなくなる!?」に書いたこと。

2007年に「まちの病院がなくなる!?」を書いた。

まちの病院がなくなる

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%AE%E7%97%85%E9%99%A2%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B-%E2%80%95%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%81%AE%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%81%A8%E5%86%8D%E7%94%9F-%E4%BC%8A%E9%96%A2-%E5%8F%8B%E4%BC%B8/dp/4788707691?ie=UTF8&ref_=pd_cp_b_0

地方議会について次のようなことを書いている(校正前原稿、本編では一部変更がある)。
松前町にも当てはまる部分が多いと考える。


 筆者は、「医師不足」の問題は、地域社会における病理を浮かび上がらせるリトマス試験紙であると考えている。第2章でも述べてきたように、医師不足問題は新しい臨床研修制度の導入だけが原因ではない。医師の過酷な勤務の状況に対して、待遇や社会的な尊敬など、認められることが非常に少なく、疲れ果てて退職することも大きな要因となっている。医療現場で働く医師たちに対して、行政、議会、住民の理解はあまりに少ない。24時間365日、医療を提供する「機械」でもあるかのように、仕事をすることを要求する。

 これまでの地方行政は、道路や港湾、工業団地などの不足する社会資本の整備が中心であった。この時は、地域における自分たちの責任を考えず、公共事業の実施を大きな声で要求をするだけでよかった。国や都道府県に「おねだり」をすることが行政や議会の仕事であった。「おねだり」をした成果である公共事業が地域の産業を支えてきた。「おねだり」をするには、相手のことを考えないでよい。自分のこと、自分の権利だけを考えればよかった。

 医師不足の問題も、これまでは、大学医局に医師派遣の「おねだり」をすれば、医師は派遣されてきた。自分たちが医師を酷使していることに気付かずに、疲れ果てた医師を使い捨てにしてきた。しかし、今は、大学医局に「おねだり」しても、医師が派遣される時代ではない。医師は、議員や市民の暴言や理解のない行動に対して、嫌であれば自治体病院院を辞めることができる。行政、議会、住民が知恵をしぼって医師が働きたくなるような職場環境をつくらなければ、医師は地域で勤務しない。

 地域住民は、医師不足に対して被害者の立場だけではない。自分たちの都合でコンビニのように医療を使えば、医師は疲弊する。残念ながら、「自分だけよければ」と考える人たちが、地域医療を荒らすのである。地域に住む人たちは、自分たちが、医師不足問題について加害者という側面があるということを意識することが必要である。

 筆者は、医師や看護師などの医療専門職は、国民全体が共有する人的な財産であると考える。水量に限界のある泉のようなものとも言える。泉は、自分のことしか考えず、くみ上げれば枯れてしまう。泉にかかわるすべての人が皆、泉のことを大切にする必要がある。医療現場で働く医師や看護師などの医療スタッフの仕事のつらさを自分のことと考え、敬意を示すという当たり前のことができないのが、今の日本の社会なのである。


(2)地方議会ができること、すべきこと 
 地方議会の現状は、地域住民の意識を映し出した鏡である。これまで述べてきたように、相当数の議員が地域医療や病院経営に対して不勉強であり、思いつきで発言したり、理不尽な要求をする議員も多い。自治体病院を利権の道具と考えている議員も存在する。地域医療や自治体病院の経営の破壊者となる地方議会議員も少なくない。地域医療の継続のために必要な改革に対して、抵抗を示す地方議会議員も多い。
 地域医療を守っていくためには、地方議会議員の質を上げることが必要である。とにかく、地方議会議員は医療や病院経営について勉強をすべきである。さらに、自治体病院を自らの利権の道具と考えず、余計な干渉をしないことが求められる。地方議会議員について言えることは、これ以外にない。

 地方議会議員の世界で「調査なくして質問なし」という有名な言葉がある。しかし、地域医療や自治体病院の経営に関して「調査なくして質問なし」の言葉に見合う発言をしている地方議会議員がどれだけいるのであろうか。確かに一部の地方議会議員は、地域医療の現状についてよく勉強をし、的確な質問を行っている。しかし、残念ながら、そのような議員は少数であると言わざるを得ない。

 北海道栗山町議会は、2001年からさまざまな議会改革の試みを行ってきた。2006年5月に制定された「議会基本条例」はそれらの試みを明文化し、さらに新しい試みを盛り込んだ条例である。条例は「住民との対話」「透明性の確保」「議員同士の議論による正しい判断」の観点を中心に、「議員相互間の自由討議の推進」「議員の質問に対する町長や町職員の反問権の付与」「請願、陳情を町民からの政策提案として位置づけ」「町民や団体との意見交換のための議会主催による一般会議の設置」「年1回の議会報告会の開催を義務化」「重要な議案に対する議員の態度(賛否)を公表」「議員の政治倫理を明記」「政務調査費に関する透明性の確保」などの項目が盛り込まれている。

 筆者が注目しているのが「議員相互間の自由討議の推進」と「議員の質問に対する町長や町職員の反問権の付与」である。「議員相互間の自由討議の推進」は、これまでの栗山町議会における改革の試みを明文化したものである。栗山町議会基本条例第9条は「議会は、議員による討論の広場であることを十分に認識し、議長は、町長等に対する本会議等への出席要請を必要最小限にとどめ、議員相互間の討議を中心に運営しなければならない。」と議会においては議員間の討議が中心であることを定める。一般の人は、議会において議員同士で議論をするということは、当たり前のことと考えられている。しかし、多くの地方議会において、議員同士の自由な討議は当たり前のことになっていない。市民グループや学者などによって結成された「自治体議会改革フォーラム」では、2007年1月末に全国の1890自治体議会すべてに郵送アンケート調査を行った(1468議会が回答)が、首長提出議案をめぐって議員同士が「自由な討議」を行っているかどうかを尋ねた設問に関して、議会事務局から「設問の意味が分からない」との問い合わせを数多く受けた(自治体議会改革フォーラム大森彌氏と佐藤竺氏の緊急座談会における進行役廣瀬克哉氏の報告http://gikai-kaikaku.net/zadankai070315.html)。議員同士の議論がそもそも存在していない地方議会が多数存在することの表れであるといえる。

 さらに、「議員の質問に対する町長や町職員の反問権の付与」は、議員の質問に対して町長や町職員の見解が相違した場合、反問する権利を認めたものである。このような権利を認めている地方議会はほとんどない。実際2006年6月に開かれた定例会議で、椿原紀昭町長が町議の質問に対して反問権を行使すると議場は緊張感に包まれたという(産経新聞2007年4月3日統一地方選ズームアップ)。十分勉強をしない、レベルの低い議員の質問は、反論されるという当たり前のことが、当たり前でなかったことが日本の地方自治の不幸であった。それは自治体病院、地域医療にとっての不幸でもある。理不尽な議員の議会での発言に対して、医療現場が、医療の視点からきちんと反論できなければ、地域医療は守れない。

 最近、地方議会議員においても、単なるスローガンではなく、具体的な議員としての目標や行動を具体的な「言葉」であるマニフェスト(公約)にして提示する動きや、市民グループや青年会議所が主催者となって公開討論会を開催する動きが出ている。地域医療の危機に際して、地方議会議員になろうとする候補者は、地域医療に対してどのような考えを持ち、どのように維持していくべきかの考えを有権者に対して明らかにすべきである。地域医療の視点から議員の発言を格付けすることも必要かもしれない。見識がなく、自らの欲で地域医療を破壊させるような地方議会議員候補者は落選をさせるべきである。地域医療の再生のためには、地方議会の再生が必要である。



地域医療・自治体病院のマネジメント2016/06/09(木)19:12

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プロフィール

元埼玉県庁の職員。 現在は埼玉県の坂戸市にある城西大学の経営学部の教授で行政マネジメントを教えています。

伊関友伸

Author:伊関友伸

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