「月刊地域づくり(2016年4月号)」論文『適切な投資と良い人材の投入』

松前町議会の一部議員の「架空の黒字」論がなぜ問題か、地方の病院で地方交付税が入れられていることの意義を理解していただくために、伊関が地域活性化センターの「月刊地域づくり(2016年4月号)」に掲載した論文を紹介する(校正前原稿で修正されている箇所がある)。

編集部が『適切な投資と良い人材の投入』というタイトルをつけている。

松前町は良い医療人材を理不尽な方法で追い出すことになる。


地域の病院を存続させるために必要なこと

〇深刻な危機が続く地域医療
 マスコミの報道は減っているが、地域医療の危機は続いている。全国の自治体病院を訪問し、その経営状況を分析して感じるのが病院の二極化である。図1は経営主体別の医業収支比率(医療を行って得られる収入と収支の比率)の推移である。他の経営主体が改善傾向にあるのに対して、町村立病院が平成16年度の89.7%から平成25年度の82.5%に急激に収益状況を悪化させていることが分かる。

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さらに、図2は病床規模別の医業収支比率の推移である。300床以上の病床規模が大きい病院は改善の傾向にあるが、199床以下の中小病院の経営は悪化の傾向にある。特に50床未満の病院は平成16年度の81.2%から平成25年度の71.3%に大幅に悪化している。

 都市部にある300床以上の大病院の経営は改善傾向にある。しかし、町村を中心として地方にある中小病院は経営を悪化させているというのが現在の自治体病院の状況である。

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 地方の中小病院の経営悪化の最も大きな要因は医師・看護師などの医療人材の不足である。平成16年度から始まった新しい医師の臨床研修制度は、大学医局の医師派遣能力の低下を生み、派遣を行っていた病院から医師を引き揚げる動きが起きた。その後、交通の便の良い都市部の大病院は医師研修体制を充実させ、初期・後期研修医など若手医師が勤務することで医師数を増加させる病院が少なくない。しかし、地方の中小病院は医師研修体制を確立する余力がなく、大学医局からの医師派遣も細ったままで、なかなか医師数が増えない状況にある。もっとも医師に関しては、現在各都道府県で地域枠の医師養成が行われており、これらの医師の一定数が地方の中小病院に勤務することが期待できる。

 問題は看護師不足である。平成18年度の7対1看護単位の導入により、全国で看護師争奪戦が起きている。医師と同様に若い看護師も研修体制の充実した都市部の大病院に勤務する傾向が強く、地方の研修力のない中小病院には勤務しない。勤務する看護師の平均年齢が高くなり、これらの看護師が定年退職を迎えると病棟が維持できなくなることが確実という病院も多い。医師不足よりも看護師不足の方がより深刻であるとも言える。図3は、地方公営企業年鑑によるある町立病院(148床)の医師・看護師数の推移である。平成16年度以降医師が減少しはじめ、最近では看護師の減少が著しいことが分かる。現在、この病院は町本体の財政状況も悪いことから存続の危機に直面している。

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〇現在の病院経営に求められていること
 そもそも現在の病院経営にはどのようなことが求められているのか。図4はわが国の診療報酬がどの分野に配分されているかの推移を表したグラフである。昭和の時代は、「薬価差益」として薬や注射などに診療報酬が重点的に配分された(武見太郎日本医師会長の力が強く開業医に有利な報酬体系であった)。現在は、診療報酬は技術に対して適切に配分されることを目指している。病院は、職員を雇用して質の高い医療を提供して収益を上げる形になっている。

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 例えば、平成24年度の診療報酬改定で「感染症管理加算1・2」が創設された。病院内における感染防止対策の取り組みに診療報酬の加算を与えるものである(加算1は入院初日に400点(4000円)、加算2は入院初日に100点(1000円))。加算1を取得するためには①専任の院内感染管理者が配置されており、感染防止対策部門を設置していること。②感染防止対策チームを組織し、感染防止に係る日常業務を行うこと。特に看護師については5年以上感染管理に従事した経験を有し感染管理に係る適切な研修を修了した専任の看護師を配置することが必要となる(感染管理認定看護師の資格を取ることが多い)。職員が研修していないと加算が取れないのである。

 筆者は病院と名がつく以上、感染症の対策は当然行うべきであると考える。だが、残念ながら、加算2の感染防止対策チームを組織し、感染防止に係る日常業務を行うこともできていない病院もある。感染症管理加算に限らず、診療報酬加算の取得は、病院の医療提供の質を上げると共に収益向上を図る病院における最も重要な経営改善手法の一つである。加算を取得するための人材投資が必要な時代となっている。条件の悪い地方の病院こそ、研修の充実など若い医師・看護師が勤務したくなるような魅力ある職場づくりを行う必要がある。

〇一般会計繰入金は果たして「悪」なのか
 自治体病院に対する一般会計繰入金について、一部から他の病院には税金が投入されていないことから「イコールフィッテング」の考えから不公平であるとの指摘がある。少なくとも高齢化と人口減少に苦しむ地方の自治体病院にはあてはまらないと考える。ある地方の医療関係者が「過疎地は競争では問題が解決しない」と発言されたが、筆者も同じ考えを持つ。

 そもそも、医療提供に関しての都市と地方の格差は広がる一方である。開業医も引退して、自治体病院が地域で唯一の外来機能を有する場合も多い。外来機能を守るためにも病院を維持する必要がある。医療機関がなくなれば、その地域の住民は生活できなくなる。病院は地域の生命線である。知恵とお金を使って存続させていくことが重要である。当然、地方にある病院は自治体病院だけでない、日赤や済生会、厚生連、民間病院を含めて地域の医療を支える病院には財政的支援が必要と考える。実際、地域にとって唯一の公的・民間病院を自治体病院化し、指定管理による医療継続をしようという例が出てきている。その点で「官から民」ではなく「民から公」という流れが起きている。

 「産業としての病院」という考え方もある。地方の自治体病院の支出の約6〜7割は人件費である。地域における重要な雇用先という面がある。食材や物品の購入などで地域に落ちるお金を相当額に及ぶ。
 さらに言えば、地方の自治体病院は、都市と地方の税の格差を埋める再分配機能を有している。税の再分配なく、条件の悪い地方で医療を提供することは難しい。税の再配分の方法として、地方に住民の命を守る病院を設置し、医療者を雇用して医療を提供することは意義がある。自治体病院に対する地方交付税+自治体の一定の持ち出しで病院を運営できるなら問題ないと考える。

 当然、自治体の操出金が巨額となり自治体財政が破たんするのは問題である。また、医療機関の持続可能な運営を考えれば必要であれば、距離の近い複数の病院の再編統廃合を行うことを検討しなければならない場合もある。地域の医療を継続させるためには、病院の置かれた経営環境に関する情報の収集(勉強)とリアルな判断が必要となる。

 総務省も、平成27年3月に新しい「公立病院改革ガイドライン」を明らかにしたが一般会計繰入金を入れた後の「経常収支の黒字」を重視している。必要なら一般会計の繰入金を入れることは必要という立場に立つ。「税金投入ゼロ」を奨めているわけではない。

 気になるのが、新しいガイドラインで普通地方交付税の算定基礎が「許可病床数」から「稼働病床数」になることである。医師・看護師不足などにより大幅に病床利用率を減らしている地方の中小病院の交付税が大幅に減額にならないように、へき地の中小病院の特別地方交付税の増額などの財政措置が必要と考える。

〇地方の自治体病院の再生事例−公立邑智病院
 地方の条件の悪い中山間地の病院の医療再生のモデル事例として、島根県邑南町・川本町・美郷町が組合を設置して運営する公立邑智病院(一般病床98床)がある。平成16年度の新医師研修制度を契機に常勤医師が7名まで減少。経営不安から看護師も相次いで退職するという悪循環を生み、平成13年度に87.2%あった病床利用率が、平成18年度には48.4%に低下する。病院建て直しのため邑南町出身の石原晋医師が新院長として病院に赴任する(現在、石原医師は院長を退き参与として病院に勤務している)。

 石原医師が院長に就任して最初に行ったことは、約3千万円の費用をかけて「3K(暗い、汚い、臭い)撲滅キャンペーン」に取り組み、省エネ型照明への変更、壁紙・床の張り替え、備品の更新、トイレの改修などを行った。
 「職員満足を至上の価値とする」「病院職員全員のやりがい、生きがい、専門性をお互いに尊重する」ことを病院の最も重要な基本方針とし、専門分野にこだわらず各部門の垣根をなくし、相互に助け合う「教えやいこ、助けやいこ」を病院の合言葉とした。

 医師不足に関しては「萎縮医療」と「背伸び医療」のはざまを認識して、無理はせず、必要であれば紹介も行う、地域ニーズの8割に対応できる医療を目指した。地域の唯一の救急告示病院・自治体病院として、救急車を断らず全員で何でも診る総合医による総合診療を目指した。医療クラークの導入による医師の負担軽減も進めた。経営安定後は電子カルテ・マンモグラフィーの導入、CTの更新など、積極的な投資を行った。「日本一の子育て村」を目指す地元邑南町の政策実現のため、平成20年度には新たに島根大産婦人科医局より産婦人科の派遣を受けた。山間地の医療再生に取り組む石原医師の取り組みに共感する医師が病院で勤務するという流れが起き、平成26年度には医師10名体制(産婦人科医、小児科医、外科医、麻酔科医、内科医、総合診療医)を回復する。

 看護師不足については、負担を軽減するため臨床検査技師、診療放射線技師、臨床工学技士など雇える職種を何でも雇った。看護師の負担を軽減することを心がけた。採血やエコー検査は臨床検査技師が行った。入院患者のCT、MRIは放射線技師が病棟に迎えにいくことにした。余力がある部署がしんどい部署を助けるようにした。看護師の労働環境を改善すると共に看護学生の受け入れを積極的に行うこと、さらには邑南町の子育て政策も後押しとなり、看護師数は平成18年度の51名から平成27年度の58名まで次第に増加した。平成28年度は新たに8名の看護師(新卒4名、既卒4名)を採用し、66名体制となる予定である。

 平成24年度には事務部長が中心となり繰出基準を作成、構成町と必要なコストを積み上げて算定した繰出をすることについて合意がなされた。そもそも地方の自治体病院が救急体制を維持するにはお金がかかる。救急をやらなければ雇用しなくてすむ薬剤師や臨床検査技師、放射線技師で当直体制を組むために増員して雇用しなければならない。交付税相当部分では不採算の小児科や産婦人科を維持できない。そもそも地方の病院の医師や看護師などの医療スタッフの年齢は高めで給与水準を高くせざるを得ない。

 表1は公立邑智病院の繰出基準の一部である。これらの経費の積み上げ合計額1億1,026万円から地方交付税措置される4,987万円の差額の6,039万円が構成自治体の負担分となる。構成自治体は、救急・小児科・産婦人科の3つの分野は、まちづくりの基本(安心な暮らし)に欠かすことができない診療分野であるため、過疎地域においては不採算医療であっても、診療科が存在する事の安心感に価値があるとして、必要な経費を算定している。平成27年度の構成自治体の繰出金は4億3,628万円で、地方交付税分を除いた構成町の上乗せ負担分は約8600万円程度である。

地域づくり5

 当然、繰入金があるからといって放漫な病院経営のままであってはいけない。平成23年度には医薬品卸業者に対して総価方式による値引率の提示を求め、約2億円の医薬品費の1割近くの削減を実現した。平成24年度からは京セラ式病院原価管理手法を導入し、部門ごとの経営改善に取り組み、収益改善など顕著な効果が見られた。

 繰出金の増加による手持ち資金の安定は、医師・看護師の雇用のための投資を可能とした。1.5テスラのMRIなど医療機器更新、ドクターカーの導入に加え、医師住宅の改修、職員住宅(8戸)の新築、研修棟(研修室・事務室)の増築、シミュレーター購入などの投資が積極的になされた。特に研修室は、毎月のように地元医師会の研修会に使われ、地域の医療水準の向上に資している。

 住民が病院を支える動きも起き、2013年1月には邑智郡内在住の住民有志が「公立邑智病院を支援する会」が結成された。2015年8月現在の会員数は240名に及び病院清掃ボランティアなどの活動を行っている。

 小児・産婦人科・救急医療の充実は、子育ての親を始めとする地域の住民の安心を生み、邑南町の他の政策と相まって、平成17年にマイナス85人の社会減が平成25年には20人の社会増に、平成24年の合計特殊出生率が2.65となるなどの成果を生んでいる。さらに言えば、病院の職員数150名は、地域でも有数の大きな事業所である。病院が廃止されたり、診療所化すればこれらの雇用は一気に失われることになる。それは地域の衰退につながる。約8,600万円の構成町の持ち出しで地方の山間地の地域の安心を確保できるのであれば決して高くはないと考える。

 公立邑智病院の病院再建は地方の中小病院の医療再生のモデルと呼ぶべきものである。地理的条件の悪い地方の病院ほど、適切な投資と良い人材が投入されなければ存続できない。公立邑智病院の医療再生はそのことを教えてくれる。


地域医療・自治体病院のマネジメント2016/06/12(日)17:24

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プロフィール

元埼玉県庁の職員。 現在は埼玉県の坂戸市にある城西大学の経営学部の教授で行政マネジメントを教えています。

伊関友伸

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